東京地方裁判所 平成6年(ワ)10595号 判決 1995年11月17日
原告
高橋留美子
右訴訟代理人弁護士
山﨑司平
同
髙木一嘉
同
菅沼博文
被告
山崎京次こと
川端幹人
同
株式会社噂の真相
右代表者代表取締役
岡留安則
被告
岡留安則
右三名訴訟代理人弁護士
芳永克彦
同
内藤隆
同
内田雅敏
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金三〇万円及びこれに対する平成六年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 被告らは、原告に対し、連帯して金一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告に対し、連帯して被告株式会社噂の真相発行の月刊誌「噂の真相」に、別紙一記載の謝罪広告を、別紙二記載の条件で一回掲載せよ。
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告株式会社噂の真相(以下「被告会社」という。)発行の月刊誌「噂の真相」に掲載された記事により名誉を毀損されたとして、、不法行為に基づき損害賠償及び謝罪広告を求めた事案である。
一 争いのない事実等(次の事実のうち、証拠を挙示しない項目については当事者間に争いがない。)。
1 原告は、昭和五三年ころから漫画家として活動し、「うる星やつら」、「めぞん一刻」、「らんま1/2」等のヒット作品がある。
2 被告会社は、昭和五三年一二月に設立された出版物の発行、企画及び編集に付帯する業務等を目的とする株式会社であり、月刊誌「噂の真相」を発行している。
被告岡留安則(以下「被告岡留」という。)は、被告会社の代表取締役で、月刊誌「噂の真相」の編集人兼発行人である。
被告川端幹人(以下「被告川端」という。)は、被告会社の取締役であり(弁論の全趣旨)、後記の本件記事を山崎京次のペンネームで執筆した者である。
3 被告会社は、平成六年三月一〇日発売の月刊誌「噂の真相」一九九四年四月号(以下「本誌」という。)一一五頁において、被告川端の執筆にかかる「高橋留美子のチーフアシスタント(『らんま1/2』の作画、ペン入れをほとんど担当、留美子の影武者ともいわれている)」との記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。
二 争点
1 本件記事の内容は、原告の名誉を毀損するものであるか。
(原告の主張)
(一) 本件記事は、読者に対し、原告の名で発表されている漫画が、真実は原告によって作成されているのではなく、影武者を使って漫画を作成している印象を与えるものである。
しかしながら、原告は、ストーリーの決定、絵コンテの作成、作画作業等漫画製作の主たる部分を一人で行い、スタッフは、原告の指示を受けて修正作業のみを担当しているに過ぎない。また、原告のプロダクションでは、チーフアシスタント制をとっていない。したがって、本件記事において「原告のチーフアシスタントが作画、ペン入れをほとんど担当している」とある点は、何ら根拠のない虚偽の事実である。
そして、漫画は、漫画自体の面白さや魅力はもとより、読者の漫画家自身に対する思い入れによって成立している面があるところ、漫画が漫画家自身によって描かれていないとすると、読者の当該漫画に対する思い入れがなくなる可能性がある性質のものであるから、本件記事は、原告の真摯な漫画製作活動を否定し、読者の原告に対する信頼を根底から覆すものであって、原告の名誉を著しく毀損した。
(二) 被告会社の取締役である被告川端は、十分な取材をしないで本件記事を執筆した不法行為責任がある。
被告会社の代表取締役である被告岡留は、発行責任者として、月刊誌「噂の真相」が完成するまでの一連の諸活動を一般的に監督し、かつ、これを販売する総括責任者という地位にあったのみならず、編集責任者として掲載記事の内容を修正しあるいは掲載の可否を決する等記事について監督し得る地位にあった。したがって、被告岡留は、本件記事のように特定人の名誉を毀損する虞れがある場合には、当該記事の真偽を十分に確認する等の措置をとり、当該記事の真実性を担保するに足る客観的資料が存在しないのであれば、その掲載を中止すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と本件記事を本誌に掲載した不法行為責任があり、被告川端と共同不法行為責任を負う。
以下のとおり、被告会社の取締役である被告川端が業務執行行為として本件記事を執筆し、被告会社の代表取締役である被告岡留が職務として本件記事を編集発行したものであるから、被告会社は、民法四四条一項もしくは七一五条により不法行為責任を負う。
(被告らの主張)
本件記事は、原告のチーフアシスタントの結婚に対する慶祝を目的としたものであり、原告の名誉を毀損する意思、目的、効果を有するものではない。
また、本件記事は、原告がストーリーの決定、絵コンテの作成等漫画として最もオリジナルティーのある部分を一人で行っている事実を否定しているものではなく、アシスタントとの共同作業の部分が存在するというその限りでは真実を指摘しているから、原告の社会的評価を低下させるものではない。
2 損害
(原告の主張)
原告は、漫画家の人格を否定するに等しい本件記事により多大な精神的苦痛を被ったものであり、その損害は少なく見積もっても数億円は下らないが、本訴では内金一〇〇〇万円の支払いを求めるとともに、民法七二三条に基づき前記第一の二記載のとおりの謝罪広告の掲載を求める。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
また、被告らは、平成七年三月一〇日発売の月刊誌「噂の真相」一九九五年四月号のコラム「メディア裏最前線」欄に、「一九九四年四月号の当欄の記事について、高橋留美子氏より、自分が作画・ペン入れをしていないように受け取られるとの指摘がありました。高橋氏に対する配慮を欠いた点を認め、当該部分を削除します。」との訂正記事を掲載したから、右訂正記事により原告の名誉は十分に回復されており、原告に損害はない。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 証拠(甲一、乙一)によれば、本件記事は、本誌一一五頁のコラム「メディア裏最前線」欄に、別紙三記載のとおりの体裁で掲載されたものである。
ところで、原告のような人気漫画家の多くは、全て一人で作業をするのではなく、その一部をアシスタントに分担させていることは、読者の多くが認識しているものと思われるが、その場合でもストーリーを含め少なくともその主要部分は漫画家自身が担当していることを前提として、作品あるいは漫画家の評価を下しているものと考えられるから、漫画家がアシスタント任せにしてほとんど漫画を描いていないとすると、読者は失望し、漫画家としての評価が低下することは明らかである。
しかるに、本件記事は、これを見た読者に、原告には影武者がおり、実際にはその影武者が原告の作品として漫画を描いたもので、原告自身はほとんど描いていないような印象を与えるものであり、原告の漫画家としての評価を低下させ、原告の名誉を毀損するものと認められる。
2 なお、被告らは、真実性の点を違法性阻却事由として主張するものではないが、本件記事は、原告がストーリーの決定、絵コンテの作成等漫画として最もオリジナルティーのある部分を一人で行っている事実を否定しているものではなく、アシスタントとの共同作業の部分が存在するというその限りでは真実を指摘しているから、原告の社会的評価を低下させるものではない旨主張するところ、右の点は違法性の程度に影響を及ぼすと考えられるので、以下判断する。
(一) 証拠(甲三、四、一三、原告)によれば、以下の事実が認められる。
原告の漫画製作作業は、概ね次のとおりである。すなわち、原告が担当編集者とストーリーを決定したうえ、コマ割、台詞、大まかな絵が入った絵コンテを作成し、その絵コンテをもとにスタッフが原稿用紙にコマ割と台詞を写す。次に、原告が、メインキャラクター、サブキャラクター及び群衆等の人物と擬音等を鉛筆で下描し、つけペンでペン入れをした原稿を作成した後、スタッフに描写の仕方について指示したうえ、背景や群衆(原告が描いた部分を除く。)を作成させる。そして、最後に原告が全体のバランスを確認し、原告の指示によりスタッフが修正作業を行う。
本件記事で、チーフアシスタントと名指しされている人物は、清水彩を指すことは被告らも認めているところ、原告は、清水が原告のプロダクション在籍中に、「らんま1/2」のメインキャラクターやサブキャラクターの作画、ペン入れを任せたことは一度もなく、ある程度重要な群衆の作画、ペン入れを数回任せたことがある程度である。なお、原告及びスタッフは、本件に関し、被告らから取材を受けたことはなかった。
(二) 以上認定の事実によれば、清水をチーフアシスタントと呼ぶのが正しいかどうかはともかくとして、少なくとも『らんま1/2』の作画、ペン入れをほとんど担当、留美子の影武者とも言われているとの本件記事部分は、真実と認められないというべきである。
3 以上によれば、本件記事を執筆した被告川端は、記事の執筆に当たって他人の名誉を毀損することのないように注意をすべき義務があるにもかかわらずこれを怠ったものであり、また、被告岡留は、被告会社の代表取締役であり、月刊誌「噂の真相」の編集人兼発行人であるから、争点1に関する原告の主張(二)記載のような地位ないし立場にあり、記事の掲載、頒布により他人の名誉を毀損することのないように注意をすべき義務があるにもかかわらずこれを怠ったものであるから、右被告両名は、民法七一九条、七〇九条、七一〇条により共同して不法行為責任を負うというべきである。
そして、本件記事の執筆、掲載、頒布は、被告会社の代表取締役である被告岡留が職務を行うにつき、また、被告会社の取締役である被告川端が事業の執行につき行ったことは明らかであるから、被告会社は、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項もしくは七一五条により不法行為責任を免れない。
これに対し、被告らは、本件記事は、原告のチーフアシスタントの結婚に対する慶祝を目的としたものであり、原告の名誉を毀損する意思、目的、効果を有するものではない旨主張する。なるほど、本件記事の前後を通じて読むと、本件記事の主眼は、漫画界の情報の一つとして原告のアシスタントが結婚したということを紹介することにあり、直接原告について言及したものではないので、被告らに、原告の名誉を毀損する積極的な意図があったとまでは認められないが、名誉毀損の成立には、積極的な害意までは必要でないから、違法性の程度に影響を及ぼすことがあることはともかく、名誉毀損の成立に影響を与えるものではない。
二 争点2について
「証拠(甲三、一三、原告)によれば、原告は、漫画を描くことが好きで、自身が作画、ペン入れをすることにより、読者に受け入れられてきたものと考えていることが認められ、それを否定する本件記事により精神的苦痛を受けたことが認められる。
他方、被告らは、被告ら主張の訂正記事を掲載したこと(乙七。もっとも、甲一〇によれば、訂正記事の掲載された号に、『噂の真相』若手スタッフ匿名座談会の発言として、「九四年四月号の『メディア裏最前線』にほんの二行、しかもアシスタントの結婚という慶事について触れたことを問題にしてきた。当初、本誌に全く他意はなく、訂正また高橋側の反論掲載を提示し、きちんと対応したにもかかわらず告訴してきた。一体何なんだ(笑)。」との記事もあることが認められ、必ずしも訂正として十分であるとはいい難い。)、本件記事は、前記のとおり原告のアシスタントの結婚を紹介するのが主目的であり、記事の扱いもそれ程大きいものではなかったこと、原告の作品の読者層は幅広いが、読者から本件記事を見たという指摘はなかったこと(原告)等を勘案すると、被告らが連帯して支払うべき慰謝料は、三〇万円をもって相当とする。なお、以上の諸事情に照らすと、謝罪広告までは必要がないものと認める。
三 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自三〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成六年三月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官角隆博)
別紙<省略>